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今日は、江戸崎にある不動院に御参りしてきました。 医王山不動院 東光寺 嘉承元年 848年慈覚大師の開山 関東八檀林の随一といわれた天台宗の寺で百余ヶ寺の本寺として栄えました。 天正18年(1590年)芦名盛重が江戸崎城主となり 不動院を修復して天海を8世に迎えました。 天海は後に、川越喜多院住職、日光輪王寺・上野寛永寺住職を務め 徳川家康の相談役で黒衣の宰相と言われた人物です。 最近、天海さんの御縁のある場所へと行く機会が多く 天海さんが造った日光の社寺へ行きたいなぁ・・・と、思っていたら 昨日も、思いがけず・・日光東照宮をテレビで見ました。 そして、昨夜は霊夢というか・・チャネリングといいましょうか 幽体離脱だと思いますが・・・下見をしに、江戸崎の町まで来ました。 お参り当日の、こういった現象は初めての経験です。 とても立派な仁王門に迎えて頂きました。 徳川4代将軍家綱公の寄進によるもので 仁王尊は、関東最大のものと言われています。 金網の向こうに見える、仁王様 恐いというよりも、ユーモラスな雰囲気で親しみが湧きます。 このような仁王様は初めて・・・ 画像では、届かないかな・・・ 長い階段でも なぜだか、すいすい身軽に上って行けました。 この坂の名は「長寿の坂」 とても良い名前ですね〜 そして、不思議な出逢いがありました。 本堂が見えてきました。 歴史のあるこの場所の持つ なんともいえないエネルギーが伝わってきます。 成田が近いこともあって、頭上には大きなジャンボジェット機が通ります。 17年間もこの場所にいた天海さんも、 さすがに想像も創造も出来なかった光景でしょうね。 こじんまりとした本堂ですが お不動様の力強いパワーを感じます。 お不動さま、最近とても縁があり・・・ この場所へと導かれて来ました。 「呼んで下さりありがとうございます」と申し上げました。 お不動様と言ったら、 炎・かるら炎の赤が、お不動様の色ですよね。 やはり、赤が、一番似合う仏様ですね。 白梅が、とても美しく咲き誇っていました。 春ですね・・・ 帰りの階段は、降りるのが・・ちょっと恐い感じでした。 この坂で、写真を撮っていると・・後ろから音がしました。 振り返ると、70代後半のご婦人のお姿があり挨拶をしました。 お互いに、瞬間的に波長が合ったようで・・・ この坂で、40分ぐらいでしょうか たくさんのお話をしました。 毎日、この坂を往復して市内を歩かれているそうです。 30年前に、リューマチを患ってからも、普段の努力で 病気が進行していないそうで、とてもお元気な様子でした。 「人に嫌なことをされても、可哀相な人だと思うことにしてるの」 「嫌なことを言われて、言い返したって・・・何一つ良い事がないのよ」 「可哀相だと思ってあげて何も言わず我慢すると・・・ 別の形で、良いことが返ってきたり、別の人が感謝してくれるようになる」 「なんでも巡り巡ってくるもの・・・たくさん経験してそう悟ったのよ」 「私は、お寺の娘で・・・父と母のことを見て学べたことが 何よりもありがたいことなの」 「こんなに、心豊かに育ててもらって・・本当にありがたい 父と母には感謝しているわ」 「心の貧乏ほど、悲しいものはないものね・・」 「自分の心の持ち方一つで、なんでも良いことに変えられるのよ この病気だってそう・・・薬をきちんと飲んで、運動して・・・ 気持ち良く過ごすから、お医者さんにも褒められるの」 「やっぱり、病は気からよ」 小学校の先生をされていたそうで・・・ 先日も、卒業50周年の同窓会があったそうです。 「みんな教え子も白髪になって、歳をとったわ」 「何かあったら、すぐ携帯に連絡をしてくれと皆が言ってくれるのよ」 初めてお会いしたのに、 初めてじゃないほど、話がはずみました。 とても素敵な出逢いに感謝です。 不動院に来る前に、阿弥陀様の気配を何故か不思議と感じました。 でも、それが何故なのか・・・分かりました。 そのご婦人の後ろに、阿弥陀様を感じたからです ![]() O先生、いつまでもお元気で長生きして下さいね。 興味深いお話です。 ぜひ、読んで見て下さいね☆ 江戸崎の昔話 不動院の天海僧正 http://www.asahi-net.or.jp/~YB2Y-TMR/vol8.htm |
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